最近の日本経済新聞によれば、尽くす手がないと言われてきた末期がんに劇的な効果を与える新薬が登場したようです。小野薬品工業のがん免疫薬「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)です。国内外の臨床試験(治験)では、末期のがん細胞が小さくなるだけでなく、一部の患者ではがん細胞が消える結果も出たとのこと。最前線のがん治療の風景が大きく変わり始めました。
「2017年3月期の売上高は1260億円になる見込みです」。11日、小野薬品は5月の決算発表を前に異例の発表をしました。オプジーボの今期の販売予想が16年3月期(212億円)の6倍まで伸びるというのです。小野薬品にしてみれば慎重に見積もった数字ですが、年間売上高が1千億円を超える薬、いわゆる「ブロックバスター」にまで成長する可能性は高いといいます。 オプジーボは免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる新世代のがん治療薬です。体が本来持つ免疫細胞の力を引き出しその力でがん細胞を攻撃するのが特徴で、一般的な抗がん剤ががん細胞に直接作用するのとは大きく異なります。慶応義塾大学先端医科学研究所の河上裕教授は「様々な臓器や組織にあるがん細胞に効果がある。しかも効く人には劇的に効く。がんを免疫で治療する時代が訪れた」と評価しています。 肺がん8割適用 同社がオプジーボを販売したのは14年9月。当初は皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)の治療として製造販売承認を受けました。適用領域が限られていたこともあって初年度の売上高は25億円でした。 ところがこの規模はその後、急拡大します。15年12月に肺がん患者のうち80%以上を占める非小細胞肺がんの患者に使えるようになったからです。長年、肺がん患者の治療にあたってきた九州大学の中西洋一教授は「オプジーボの登場で肺がん治療そのものが変わりつつある」といいます。 メラノーマと異なり、肺がんは年間7万人以上が死亡する患者数の多いがん。肺がんにまでオプジーボの使用範囲が広がればこれまで5千人前後だった薬の利用者数は3倍の1万5千人以上にまで拡大すると小野薬品は推定します。 もしこの推定数字が現実になるなら驚異的です。通常、医療現場に新薬が普及するには5~10年。しかしオプジーボはたった1年で多くの患者に使われることを意味します。ただ、すでに米国や欧州では共同開発先の米製薬大手のブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が販売、急速に市場が拡大していることを見るとこの数字もあながち大きすぎるともいえないとのことです。 実際、国内でも現段階でオプジーボの使用を希望する医師や患者、家族は多いようです。末期がんにはなかなか有効な手立てがないのが現実。メラノーマの場合、既存の抗がん剤ががん細胞を小さくする「奏功率」は7~12%程度。一方オプジーボは約23%とほぼ倍の効果が認められました。 また末期の肺がん患者で比較すると既存の抗がん剤の奏功率は1割程度なのに対してオプジーボの奏功率は2割と高いようです。がん細胞が消失した患者も出ました。1年後の「生存率」で比較しても、抗がん剤を使った場合は24%ですが、オプジーボなら42%とその比率はぐっと高まります。副作用の面でも抗がん剤を使った患者の5割に副作用が認められたのに対してオプジーボは1割にとどまりました。 肺がん治療には様々な抗がん剤があります。特定の遺伝子変異がある人にだけ使える「分子標的薬」もありますが、変異がない人には使えません。しかも数カ月でがん細胞が耐性能力を獲得するため、新たな抗がん剤の投与を繰り返しやがては効かなくなります。 医療現場がオプジーボを支持する理由は抗がん剤が効かないがん細胞にも劇的な効果を持つからです。すでに国内外の多くの治験では有効性の差がつきすぎたため、他の抗がん剤との比較試験が中止となり、オプジーボに切り替えるよう勧告も出ています。 価格、年3000万円超 ただ、課題もある。それはすべての患者、すべてのがん細胞に使える薬ではないということです。現状では劇的に効果がある患者は3割程度。残りの7割の患者にはそれほど大きな効果がないようです。効く患者と効かない患者に分かれてしまう理由についてもまだ未解明です。 もう一つが副作用の問題だ。免疫を活用する新薬のため既存の抗がん剤より副作用は少ないもののないわけではありません。しかも、これまで予測していなかった重篤な副作用が出る可能性があることも分かってきました。九大の中西教授も「劇症型の糖尿病、重症筋無力症など、従来のがん治療では考えられなかった事象も出ている」と話しています。 そして最大の課題はオプジーボが非常に高額な薬であることです。100ミリグラムあたりの薬価は約73万円。肺がん患者に使った場合、年間3千万円超と言われています。政府の財政審議会では年間の医療費が1兆7500億円もかかるという試算があり、今回、小野薬品が決算前に売上高予想を発表したのもこうした数字に対する異論という意味合いが高いようです。 今後、薬剤費については薬価が引き下げられるのは間違いないようです。また効果がある人、効果がない人を事前に判定できるようになれば薬剤費の無駄もおさえられます。 オプジーボの特徴は「投与をやめても効果が継続する人がいること」です。慶応大の河上教授は「どのタイミングで投与をやめるのか、この研究も今後、重要になっていくだろう」と話しています。 4月17日。世界が驚いた。米ニューオーリンズで開かれた米国がん学会の「がん免疫療法セッション」。米製薬大手ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が、がん免疫薬オプジーボと「ヤーボイ」を併用した臨床試験(治験)で、患者のがん細胞がほぼ消えたと発表したのです。割合にして22%。対象となったのは皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)の末期患者です。 「圧倒的な結果」 オプジーボとヤーボイを併用して投与された患者のうち2年生きた人の割合は実に69%。同時にオプジーボだけを投与された患者の治験結果が発表されましたが、その結果も画期的な内容で、5年後の生存率は34%にも達しました。 これまで主流だった抗がん剤を使ったメラノーマの治療の場合、治療後5年間生きる生存率は15%~20%程度。その数字と照らし合わせると確かに世界が驚くのも無理はありません。慶応大学の河上裕教授は「オプジーボとヤーボイの併用、オプジーボ単独の投与はいずれも圧倒的に優れた治療結果と言える」と指摘します。 オプジーボは抗がん剤のようにがん細胞を直接、攻撃するわけではありません。代わりにもともと人間の体が備えている体内の異物を排除する強力な免疫を呼び覚ます治療薬です。がん細胞の特徴はこの免疫細胞ががん細胞を攻撃してこないよう結合、動きを封じてしまうのですが、オプジーボはこの結合を成り立たなくさせるとのことです。 これは京都大学の本庶佑名誉教授らの研究チームが発見した免疫の動きをコントロールする免疫チェックポイント分子「PD―1」の研究に基づいた抗体医薬。小野薬品工業とBMSが「抗PD―1抗体」という抗体医薬として実用化に成功しました。まず世界に先駆けて日本で悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として2014年に承認を受けました。 オプジーボのように免疫細胞を覚醒させ本来もっている力を引き出す薬を免疫チェックポイント阻害薬と呼びます。がん細胞は免疫チェックポイント分子に作用し、がん細胞を攻撃する動きを封じます。この動きを阻害することによって免疫とがん細胞との戦いを継続させ、がん細胞を消失させるわけです。 攻撃が効果的に 免疫細胞の力を呼び戻すことでがんを退治する免疫療法はこれまでもありました。ペプチドワクチンなどで知られる既存の免疫療法です。がん細胞の表面にペプチドと呼ばれるたんぱく質の断片が付着していることに着目した方法で、免疫細胞にペプチドを外敵と認識させます。免疫細胞はペプチドが付着しているがん細胞本体も敵と見なし攻撃します。 ただ、このやり方だと免疫細胞ががん細胞と結びついたままの状態で、アクセルを踏むことになります。免疫細胞はなかなか思うようには動かないのです。 しかし、オプジーボはこれとは異なります。がん細胞と免疫細胞との間に割って入り、免疫細胞が持つ本来の特殊能力を呼び覚まします。免疫細胞ががん細胞を攻撃しないよう踏み込んでいた「ブレーキ」を足から離させるわけです。 仕組みを解き明かしたのは本庶名誉教授。免疫細胞が近づいてくるとがん細胞は表面に「PD―L1」、「PD―L2」という分子を発現させます。この分子が免疫細胞のPD―1と結合すると、免疫細胞はがん細胞を敵と認識しなくってしまいます。そうなると、体内でがん細胞が増殖し続ける。この仕組みを本庶名誉教授は解き明かしました。 免疫チェックポイント阻害薬は現在2種類あります。1つがオプジーボのような抗PD―1抗体。もう一つが「抗CTLA―4抗体」と呼ばれ、現在ヤーボイ(一般名イピリムマブ)という名称でBMSが販売しています。 ヤーボイは11年に米国、欧州で承認されましたが、免疫チェックポイント阻害薬として世界的に注目されるようになったのは、13年。ヤーボイとオプジーボの併用療法によりメラノーマ患者の半数以上でがん細胞の縮小が確認され、同年、米科学誌サイエンスが毎年選ぶ科学10大ニュース「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップに選ばれました。 その3年後、今度は米国のがん学会でもその効果は正式に発表され、期待は一段と高まります。 今や米メルク、スイスのロシュ、英アストラゼネカなど世界の製薬大手がこぞって同様の免疫チェックポイント阻害薬の開発を進めています。将来的には4~5兆円まで成長するがん治療の中心的役割を果たす可能性が高まってきました。 http://www.nikkei.com/article/DGXKZO00112200W6A420C1X11000/ この記事を英語で読みたい方は、こちらをご参照ください: http://www.j-abc.com/blog/-a-glimmer-of-hope-in-the-fight-against-cancer-in-japan
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